何も書かないという事は、何かを書く事と同様に困難である。

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6/10

巷ではロトの日と呼ばれている本日は6/10の月曜日。

書き始めた今、23:40。書き終える事には6/11になっているであろう。



ロトといえば、皆八割がたロト6を、また少数派は、武藤さんの日だと思っていることだろう。

今書きながら、ロト6の話で思い出したのだが、似た名前のtotoというアメリカンドリームがある。
無論、トイレメーカーでもロザーナの事でもない。言わずと知れた、サッカーくじの事だ。


俺もその昔、まだ金に余裕がある頃にやっていた。確か中高生の頃だ。
言わずもがな、餓鬼の俺が購入してよい代物ではなかった為、母親に購入してもらい、俺が予想するというノーリスクハイリターンの方法を駆使していた。

上記を見返すと、金に余裕があったかどうかは全く無関係であるようだ。

ともあれ、当時誰よりもサッカーの知識があると思い込んでいた俺は、totoで一攫千金を手にしようと目論んでいた。

無論、当たるはずなどない。大金を賭けるわけにもいかない。1000円分くらい購入してもらい、あらゆる知識と勘を総動員して予想した。

したら、当たってしまった。一等が。

これで家計が潤う。そんな偽善者ぶった事を思い興奮した。

当選金を手にした時、俺は愕然とした。当時、確か一等は一億円だったと記憶しているが、俺の元にやってきたのは福沢諭吉が一人だけであった。


「天は人の上に人をつくりませーん」



そう、何一つ番狂わせのない結果だったらしく、当選者が数多と現れ配当金が少なかったのだ。

配当金の仕組みはよくわからないが、単純に考えると一万人は一等当選者がいた事になる。

その時俺は、己が選ばれる存在ではない事を悟った。


俺自身、今は専らの貧乏キャラが売りとも評されている為、例え一万円であっても喉から手が出る程欲しいのだが、それ以前に、貧乏が売れるのであれば、もう少し生活ができてもいいのではないか。何を買っているというのだ。




ふっ、思いつきで書いていたら、酷い駄文になってしまった。
武藤さんのくだりにおいては、何も触れていない。


武藤さん、俺はあなたの事を忘れない。また来年、思い出すよ。


よいしょლ(╹◡╹ლ)
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