何も書かないという事は、何かを書く事と同様に困難である。

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すべての文章は詩に向かう

以前、とある雑誌の中で、興味深い一文を見つけた。

「すべての文章は詩に向かう」

言葉を相手に伝える手段は、最終的にリズムを持った詩に行き着くというのだ。
なるほど、最澄も空海も法然も、名だたる思想家たちの言葉は詩によって語られている(って、記事の中の人が言ってました)。


「リズム」…ドラマーとして生きている身分上、この言葉には過剰な反応をしてしまう。

言葉にリズムを付ける、とはどういうことか。
諸々思考した結果、「呼吸」というキーワードが出てきた。思考過程と根拠は面倒だし、自分でもよくわからないので省く。形にしたいけど、労力と時間が足りないので省く!
例をひとつだけ挙げられるとすれば、五・七・五だ。リズムの取り方は「・」のところで息を吸う(たぶん)。


あかさたな いろはにほへと はまらやわ


実際に自分でやってみたが、「・」の部分で息を吸うことはなかった。
なかったが!、上の例に表れているように、「・」の部分にはスペースという「間」を無意識に打っていた。わかったか?これが言葉の「呼吸」だ。


話を戻す。言葉を伝えるためのリズムなのであれば、言葉に代わる(或いは=かもしれない)音で伝える音楽におけるリズム…曲の呼吸と成るリズムとは何か?
冒頭の一文を目にしてから、この問いが頭から離れないのだ。

このテーマを解釈・体得できれば、ドラマー(に限らず音楽をやる者)として、一皮も二皮も剥けるのではなかろうかとワクワクしているので、暇な方いたらぜひ一緒に考えましょう。
教えて!銀八先生!

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